サバイバー♫カイルアお天♩のハワイ音楽日記 vol.5 

ハワイアンが祈ってくれている終戦記念日

ハワイのアラモアナビーチには毎年6千個以上の灯籠が流されていました。

アロハ〜。先日は終戦記念日でしたが、終戦記念日以外は日本には戦争を意識する生活は今の所少ないそうですね。

いわゆる、平和ボケ。

私も昔そんな感じでした。

終戦記念日とか言われても、父親だけは張り切ってるけど母親は嫌そうな顔してるし、私は意味わからんし。みたいな。。。

私達日本で生まれた日本人、そして戦争中に育った両親に育てられた世代の私達って、「歴史オンチ」やし。

私は恥ずかしながら、アメリカに来て、ニューヨークのテロ同時多発事件の光景に実際に遭遇して初めて、日本の歴史や世界のバックグラウンドに興味を持ち出しました。

それまでは、他人事だった気がします。

ニューヨークにいたあの頃私がアメリカに対して抱いていた気持ちは、

「この国は今もまだ怒ったら戦争をする。」という事実だけでした。

パールハーバーというハワイの現実の入り口の話

911の時の話はまた改めてするとして、今日はハワイらしくパールハーバー、つまり、ハワイと戦争のこと、戦争の話が苦手な日本の皆さんには、あまり知りたくない側の、ハワイの現実の入口へとご招待します。

まずハワイには、パールハーバーはもちろん、沢山の基地があります。

実はニューヨークで軍人をほとんど見たことがなかった私。

ハワイに来て、改めて

「ぎょ!この国のあの戦争はまだやっていて、戦士とかここから出発しているんや。」

という生々しい繋がりが私のアスペルガーの深い溝が繋がり出したのです。

カイルアに住み、ハワイに居ても観光とはできるだけ遠距離の付き合いのライフスタイルを守り続けている私。

そんな私が軍や学校、はたまた、ワイキキのホテルなど幅広いハワイ中を知り尽くした、元ゼロックスのセールスマンの夫再婚。

こんな私がこのミリタリーの戦士達やその家族や子供達に、ピアノを教えるようになり、戦争というもは更に、現実となりました。

それで前置き長すぎましたが先日、ハワイアンのアンティと電話で話して

「終戦記念に何かやりたい。」

「しかも、ハワイアンとして日本の人達に癒しの祈りがこもった音楽を届けて欲しい。」

とリクエストをいただきました。

彼女は若い頃、フラの先生をしていて世界中を回ったそうです。

そして、スティービーワンダーや、エルビス・プレスリー達がどのようにプロになっていったかも知っているアメリカとハワイの音楽の歴史の先生みたいな人です。

彼女がオンラインで私の音楽を日本に届けたいと言っていただきましたので、早速ガレージバンドで制作しております。

乞うご期待くださいませ。

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