サバイバー歌人 石村比抄子の五行歌歌集『白つめ草』 

生きること息することを歌に詠む 

「他は全部断られたからです」約10年前、歌人の石村比抄子さんが、私が運営していた編集プロダクションに、就職希望の連絡をしてきた時、志望動機の質問に彼女はニコリともせず真面目に正直にこう答えた。

私はそれ以前にライターとして、五行歌の会の編集部にいて歌人であり統合失調症の回復者としての彼女のインタビューを行ったことがあったのだが。

すでに色々なメディアから取材を受けた経験がある彼女がなぜ突然、私の会社のような小さなプロダクションに就職を希望して来たかを問うた返事がこれだった。

「あっ、今それ言うわけね」と思ったがその一言で私は心を「採用」と決めた。

 編集部では向かいの机で取材の文字起こしや校正などの仕事をしてもらっていた。時々デスク越しに見ると当時の彼女は表情が乏しく、いつも何かに怯えたような緊張を漂わせていた。空気を揺らすことを恐れるようにゆっくりと動き、少しだけしか息をしていない人に見えた。

不条理を超えて恋の歌・愛の歌を紡ぐこと

それでも私たちは少しずつだが打ち解け、育った家庭の話、親のこと、子育てのことなどを話すようになった。ポツリポツリと話すうちに比抄子さん一家の過去に大変な出来事がありその衝撃により家族全員がおそらく息をひそめるように閉じた感覚の中で長年暮らして来たことを知った。

その中で思春期を過ごさなければならなかった彼女の苦労はいかばかりのものだっただろう。

数年後、そんな彼女が恋をした!もしかしたらと思ったら私の知っている素敵な男性だった。恋は少しずつ進展した。何より素晴らしかったのは、比抄子さんが一家に起こった出来事を彼に話し、彼がそれを比抄子さん自身とともに正面からドーンと受け止めてくれたことだった。

「辛い過去を共有する家族」として、長年両親を気遣い、親子の関係を最も大切にしてきた比抄子さんの恋。両親とは違う、でもとても大切な人。

彼女はおそるおそる家族という卵の殻をクチバシでつついて外の世界に出てきた。両親から離れる葛藤、新しいパートナーへと向かう決意と愛の力強さ・・彼女の変化が歌から溢れ出る。

五行歌は字数にこだわらず現代の言葉をそのままに自分の呼吸で書く歌とされている。

私はこの歌が一番好きだ。

思うな
と言われても
むずかしい
息をするな
と同じくらい

五行歌歌集『白つめ草』はまさに比抄子さんの息づかいに支えられている。
時に鋭く、時に残酷な出来事をも静かで美しい言葉で紡いでできた息の織物のような歌集だ。

かつての彼女はおそらく少ない息づかいの中で五行歌の創作により生き延び回復してきた。現在も病を抱えてはいるが、パートナーと暮らす今、その呼吸は深くあたたかく、読む人の心を振動させる。

生きること、息することがここにある。

text by 月崎時央 (ジャーナリスト)

石村比抄子著 そらまめ文庫(2019年 市井社刊 800円)

月1回のオンライン五行歌で皆さんの作った歌を展示しています。

五行歌展 あなたの息が歌になる
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